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しょうせつのかきおき
正雪の遺書
国枝 史郎
「サンデー毎日」1924(大正13)年4月1日春季特別号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,367 字 · 15 页
「天下のおため、お目出度うござる」
伊豆守はそれを確かめると、同席の人達へこう挨拶して、その儘役宅へ帰って来た。
屋敷へ帰っても伊豆守は、支度を取ろうともしなかった。端座したまま考えている。腑に落ちないことでもあるのだろう。
夜は深々と更けて行く。夜番の鳴らす拍子木の音が、屋敷を巡って聞こえるのさえ、今夜は沁々と身に浸る。戸の隙からでもまぎれ込んだのであろう、大形の蚊が輪を描きながら燈皿の周囲を廻っていたが、ふと焔先に嘗められて畳の上へ転び落ちた。
その時人の気勢がしたが、静かに襖が開けられて、公用人の志摩の顔が開けられた隙から現われた。
「何じゃ?」と、伊豆守は物憂そうに訊く。
「は」と志摩は恐る恐る、
「只今、僧形の怪しい男、是非とも御前にお目通り致し申し上げたき事ござる由にて御門口迄罷り出でましたる故、きっと叱り懲らしましたる所……」
「解った」と、何か伊豆守には思い当たることでもあると見えて、いつになく早速に聞き届けた。
「その者庭前に差し廻すよう」
「は」と志摩は額を摺り付け、襖を閉じると立ち去って行った。
間もなく一人の大入道が、袂下にされて引き出された。