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しょうせつのかきおき
正雪の遺書
国枝 史郎
「サンデー毎日」1924(大正13)年4月1日春季特別号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,367 字 · 15 页
「え?」と私は眼を上げて、貴郎のお顔を見詰めたはずです。
「徳川幕府に弓引かれいと、信綱お進め申すのじゃ。いや驚くには及び申さぬ。勿論これは奇道でござって正道はその裏にござるのじゃ! ――徳川も今は三代となり平和の瑞気充々て見ゆれど、遠くは豊臣の残党や近くは天草の兇徒の名残り、又はご当家の御代となって取り潰された加藤、福島の、遺臣の輩、徳川家を怨んで乗ずべき隙もあれかしと虚を狙っているに相違ござらぬ。一網打尽に致したけれど罪を犯さねばそれもならぬ。頼みというのはここのことでござる。貴殿の勝れた才覚をもってこれらの者共を糾合して、事を起こしては下さるまいか」
つまり私に徳川幕府の細作になれと云われるのでした。当代の政治に順服わぬ徒輩を一気に殲滅す下拵えを私にせよというのでした。
私は当惑する前に知己の恩に感じたのでございます。私のような一布衣を限りなくお信じなされればこそ、この一大事をお任せ下さるのだ。自分は幕府に対しても、又徳川家に対しても、何等恩怨ある者ではない。ただ士は己を知る者のために死す。一つ大いに頼まれようと、決心したのでございました。
お受けして帰ったその後の私は、益々辺幅を修めました。