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むさしの

武蔵野

山田 美妙

「読売新聞」1887(明治20)年11~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,798 字 · 26 页

青空文庫

三郎の刀禰は、そうよ、父上もそこを逃れなされたか。門出の時この匕首をこの身に下されて『のう、忍藻、おこととおれとは一方ならぬ縁で……やがておれが功名して帰ろう日はいつぞとはよう知れぬが、和女も並み並みの婦人に立ち超えて心ざまも女々しゅうおじゃらぬから由ない物思いをばなさるまい。その時までの記章にはおれが秘蔵のこの匕首(これにはおれの精神もこもるわ)匕首を残せば和女もこれで煩悩の羈をばのう……なみだは無益ぞ』と日ごろからこの身はわれながら雄々しくしているに、今日ばかりはいかにしてこう胸が立ち騒ぐか。別離の時のお言葉は耳にとまって……抜き離せばこの凄い業もの……発矢、なみだの顔が映るわ。この涙、ああらこの身の心はまださほど弱うはなるまいに……涙ばかりが弱うて……昨夜見た怖い夢は……ああ思い入ればいとどなお胸は……胸は湧き起つわ。矢口とや、矢口はいずくぞ。翼さえあらばかほどには……」

思い入ってはこらえかねてそぞろに涙をもよおした。無論荒誕のことを信ずる世の人だから夢を気にかけるのも無理ではない。思えば思うほど考えは遠くへ走って、それでなくてもなかなか強い想像力がひとしお跋扈を極めて判断力をも殺いた。