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しね!

死ね!

豊島 与志雄

「文芸」1934(昭和9)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,979 字 · 18 页

青空文庫

それが彼にとっては不思議極まることだった。そんな筈ではなかったのである。水は高い所から低い所へ流れていく。今はこちらが水量が足りないから、よそから流しこんでおいて、やがて仕事によって水量がましたら、また他の方へ流してやるつもりだった。それが齟齬を来したのである。要するに、金を借りる時期と、支払う時期――即ち仕事をする時期とが、距りすぎていたのである。後者の時期の方が前者の時期に先立たなかったことも、彼にとっては不思議に思われた。

彼は少し疲れた。面倒くさくなった。こんな世の中ならもう死んでもいいと思った。元来、彼は生への強い執着を持たなかった。為すべきことが多くあるから是非とも生きていたい、そういう不遜な考えは少しもなかった。生きてる間何かをしておれば、いつ死んでもよいのだった。そういう気持なのに、現在、彼は少しも仕事をしていなかった。だから余計、いつ死んでもいいということになった。

但し少しも仕事をしないというのは、彼の主観的な表現である。彼は少しは働いていた。然しそれは本当の仕事ではないというのである。借金がふえると同時に、びっくりして、種々のつまらない仕事をやめて本当の仕事に専心しようと考え、そのために負債整理を企てたのである。