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しのぜんご

死の前後

豊島 与志雄

「経済往来」1933(昭和8)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,273 字 · 35 页

青空文庫

彼は歩きだし、往来に唾を吐いた。あらゆるものに反抗したかった……。

其後のことは、簡単に述べておこう。彼は日比谷公園の木影のベンチに一時間ばかり休んだ。それから自動車で上野の方へ向った。懇意な家の一室で、夕方まで蔦子を相手に酒をのんだ。暫く郷里へ帰ってくるという言葉と、二千円の現金とを、呆気にとられてる彼女へ残した。その夜彼は東海道線の列車に乗りこんでいた。至って落付払って、慴えてる様子などは少しもなかった。――こうした犯罪はこのように冷静に行われることが多い。

坪井は長崎から上海に渡った。

それから七年たって、島村陽一は、突然、坪井宏の訪問を受けた。おしげの生前の生活の有様をききにだしぬけに訪れてきたことのあるその不思議な男のことを、そして真偽不明な犯罪の告白を上海から書いてよこしたその男のことを、島村はもう忘れていた。がとにかく逢ってみると、骨格の逞ましい眉宇の精悍な四十年配の男だった。彼は装わない磊落な親しみを示した。その眼が変に人の心を惹くものを持っていて、梟の眼付を思わせた。島村は思いだした。

「ああ、君でしたか……。」

「お忘れでしたか、はははは。