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しまでをかたる

死までを語る

直木 三十五

「話」1933(昭和8)年9月号~1934(昭和9)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,739 字 · 85 页

青空文庫

「五十銭足らんがな」

父は、ぽんぽんと、籠を引っぱたくが、五十銭は、破れ目の奥深く入っていて、出て来ない。

「わて、知りまへんで」

と、母がいうし、私は一生懸命だ。

「五十銭、負けたん忘れてんね、ちがうか」

一週間程かかって、ようよう一円盗んだ。それで、カーマンセラなるものを見に行った。「胡蝶の舞」一つ。スカートを大きく拡げるカーマンセラに、色電気を当てるだけの事である。余りつまらないので、冷汗かきかき一円盗んだのを後悔して、二度と、籠を利用しなかったが、本当に、手に汗を握っていた。

多分、この時分であろうと思う。怖ろしい夢を見るのが毎晩で、仕舞いに、夜になると、恐ろしさに、眠るのが嫌になった。夢は、ことごとく幽霊で、大抵、それがきまっている。「おんちゃん」の右側に、露次があって、その奥に井戸がある。上町の事とて、可成り深い、この井戸をのぞくと、中に、幽霊がいるのであるが、毎晩の夢にのぞいては、恐怖に、眼をさまして、蒲団の中へもぐる。耐えられなくなって

(幽霊なんぞ有るものか、夢じゃないか)

と、決心した。そして

(今晩見たら、掴みかかってやる)

果して、又井戸をのぞく夢であったが、幽霊はいなかった。