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しまでをかたる

死までを語る

直木 三十五

「話」1933(昭和8)年9月号~1934(昭和9)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,739 字 · 85 页

青空文庫

と、何のはずみか、生徒が云ったので

「そんなものはない」

と、答えたら、真上の坊さんが怒って

「今度来た奴は生意気だ、代えてしまえ」

と、校長の所へ云って来た事があった。これだけが、私の起した事件で、相当真面目に勤めていた。そして、早大へ入る為、大阪へ帰ってきたが、ここに又、一つ、恋愛事件が起った。これが、私の最初のそれかも知れない。

二十一

女が死んだか、生きているか――生きているとすれば正当に考えると、人妻であろうから、姓を秘して、徳子という名だけにしておく。世の中には、朝出て行く時、鏡台の前のポマードの分量を計って、帰ってきて、それが少いと

「男につけてやったのだろう」

と、食ってかかった夫もあるというから、二十年前のいとも優しく、清らけき恋にも、何ういう誤解があるかも知れない。

徳子は、大阪谷町の薄病院にいた。私が遊びに行くと一人の鼻の高い女――少うし高く、厚すぎる鼻の女が――足の短かいせいであろう、椅子の前へ、踏台を置いて、それへ足をかけながら、薄恕一のいう薬の名と、分量とを、処方箋にかいていた。若い女だから、何より先に、その顔が見たくなって、前へ廻ると、鼻は、横から見る程巨大な感じではなく、やや、八の字の眉、円い眼。