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じゅんし
殉死
山本 周五郎
「キング」大日本雄辯會講談社、1943(昭和18)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,737 字 · 21 页
役目は書院番であるが因幡守が在国のときは主馬とおなじおそば去らずで、ことに文雅の道ではなくてはならぬおはなし相手だった。かれはまえの年の秋に、おなじ家中で御勘定方元締役をつとめる葛木八郎左衛門のむすめと縁談がととのい、内盃までしたのであるが因幡守の病臥のため延び延びになっていた。そしてついにその逝去にあうと、かれは葛木へは書面で破約を申送ったうえ此処へ来てしまったのである。「兄上、お返辞はいただけませんか」「…………」「小松どのを不憫とはお思いにならないのですか」庄兵衛は黙っていた、答えられないのではなく、答える必要がないという意志がはっきりみえている、勝之丞はもうなにを云っても無駄だと思った。それで持って来た行厨をそこへさし置き、「お食事をここへ持参いたしました、では勝之丞はおいとま仕ります」そう云ってしずかに立ちあがった。
石段をおりてゆく勝之丞の背へ、はげしく雪を巻いて風が襲いかかった、もういちど兄のほうへふりかえり、笠の紐をかたく結んでから、かれは方丈のほうへと去っていった。庄兵衛は眼をとじ、両手を膝にそろえたまますこしも動かない。しかしそれが、きめたことを貫きとおす無念無想のすがたであるか、それとも去来する煩悩俗念を抑えつけているすがたであるかはにわかにきめがたいことであろう。