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さつじんき
殺人鬼
浜尾 四郎
「名古屋新聞」1931(昭和6年)4月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,139 字 · 13 页
実際いまから考えると冷汗ものだが、その頃の高等学校の自分達の部屋には、ニーチェの言葉のらくがきが必ずしてあり、一方の壁にはベートホーヴェンのあのいかめしい肖像画をかけているかと思うと、ミケランジェロの壁画の写真が片つぽうにはつてあつたものだ。
だから藤枝も私も将来は大文豪か大哲人になるつもりでいたものである。
しかし此の芸術病も大学に行くころになるとだんだんうすらいで、大学に入学する時分には、だいぶん足が地について文科をよけて法科へ行くものが殖えて来た。
藤枝真太郎なんかはまさにその類で、ゲーテの全集の前にいつのまにか判例集が並べられ、イタリー語の辞書などはどこかの隅に入れられて六法全書がはばをきかす事になつてきた。
愚かだつたのは、かくいう私で、芸術病は一向さめきらず、哲学科に籍をおいて大いに勉強しようとしたのはよかつたが、大学二年のころ、大阪で、貿易商をして多少の産をなした父が死んだのが運のつき、あとを整理しに郷里へ帰つて、二、三ヶ月暮しているうちに、遊ぶ方が面白くなつて、すつかりなまけ者になつてしまつた。
それでも、一応、文学士という称号はもらつて卒業したが、同窓のある人々はもはや文壇に乗り出すし、法科に行つたものは盛んに高文というのを受けて、立派なお役人になつてゆくといううらやましさ、これでは