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ははのじょうきょう
母の上京
「人間 第二巻第一号」1947(昭和22)年1月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,655 字 · 33 页
昔から裸で道中はできないといふ。いくら焼跡の浮浪児でも、シャツぐらゐは着てゐるだらう。どうしても家へ帰らねばならなくなつてしまつたのである。母の待つ家へ。ところで、そのときにヒロシがかう言つたものだ。
「ナアさん。お恨みは致しません。運命ですわねえ。あたくし、かうして、おそばに坐つてゐるだけで、しあはせですのよ」
かうして夏川は母の待つ家へ裸で帰つて行つた。まことに星のめぐり合せといふものは仕方がない。作者がいかほど深刻な悲劇をのぞんだところで、事実の方が、かうしてトンチンカンにめぐつて行くのだから仕方がない。
あひにくのことに、母はまだ寝もやらず起きてゐたものだ。障子にその影が見えるのである。すると夏川はむら/\と心が変つた。心が変つたといつたところで、別段大それた心になつたわけでもない。ヒロシが彼のうしろから階段を上つてきたが、急にふりむいてヒロシの手をつかんだものだ。彼は一人では這入つて行けなくなつたのだ。ヒロシは腕をつかまれて、ビックリしたが、彼の魂胆が分ると顔の色を失つた。歌舞伎の舞台で古典的な女の魂を身につけたヒロシは、知らない人の前へ、いや、知るも知らないもあるものか、人前へ裸の身体をさらすなどとは、できるものではない。