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ぼしじょじょう

母子叙情

岡本 かの子

「文学界」1937(昭和12)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 77,355 字 · 153 页

青空文庫

規矩男の云うことはだんだん独語的になって、何の意味か、かの女にも判らなくなって来た。しまいには規矩男はナポレオンの晩年の悲運を思わせる、か細く丸く尖った顎を内へ引いて苦笑した。稚気を帯びた糸切歯の根元に細い金冠が嵌っている。かの女は急に規矩男が不憫で堪らなくなった。かの女の堰きとめかねるような哀憐の情がつい仕草に出て、規矩男の胸元についているイラクサの穂をむしり取ってやった。高等学校の制服を、釦がはち切れるほどぴったり身につけている。胸の肉は釦の筋に竪の谷を拵えるほどむっちり盛り上っている。紺サージの布地を通して何ものかを尋ね迫りつつ尋ねあぐんでいる心臓の無駄な喘ぎを感ずると、何か優しい嫋やかなものに覆い包んで、早くこの若者を靉靆とした気持にさせてやりたい薄霧のような熱情が、かの女の身内から湧きあがった。

……かの女は無言で規矩男の手を…………ただそれだけであったけれど……。

かの女は唐突として規矩男から逃げ、武蔵野のとある往還へ出るまでのかの女は、ほとんど真しぐらに馳けた。その間雑木林の下道のゆるやかな坂を曲り、竹煮草の森のような茂みの傍を通り、仄白い野菊の一ぱい咲いている野原の一片が眼に残り、やがて薄荷草がくんくん匂って里近くなって来た往還で、かの女はタクシーを拾って、東京の山の手の自宅へ帰って来