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ぼしじょじょう

母子叙情

岡本 かの子

「文学界」1937(昭和12)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 77,355 字 · 153 页

青空文庫

よほど永いように思いますが――」

かの女は、何となく、老紳士の息子に対して気兼ねが出て、自分のむす子の遊学の話など、すぐ返事が出来なかった。また逸作が代っていった。

「僕等が、昭和四年に洋行するとき、連れて行ったまま、残して来たんです」

「まだ、お年若でしょうに。中学は出られましたかな」

この老紳士は、中学教育に余程力点を置いているらしい。そして逸作からむす子の学歴の説明を聴いてほっとしたように、

「中学も立派に卒業されて、美術学校へ入られた……ほほう、そして美術学校の途中から外国へ出られたというんですな。しかし、何しろ洋画はあちらが本場だから仕方がない」

「学校の先生方も、基礎教育だけは日本でしろとずいぶん止められたんですが、どうにもこれ(かの女を指して)が置いて行けなかったんで」

すると老紳士は、好人物の顔を丸出しにして褒めそやすようにいった。

「なるほど、ひとり息子さんだからな、それも無理はない」

かの女は他人のことばかりに思いやりが良くて、自分の息子には一向無関心らしい老紳士が、粗っぽく思えて興醒めた。が、ひょっとすると、この老紳士は自分の気持を他人の上に移して、心やりにする旧官僚風の人物にままある気質の人で、内心では案外、寸刻の間も、自分の息子の上にいたわりの眼を離さないのかも知れない。