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ぼしじょじょう

母子叙情

岡本 かの子

「文学界」1937(昭和12)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 77,355 字 · 153 页

青空文庫

噴水は三四段の棚に噴き滴って落ち、最後の水受け盤の中には東洋の金魚が小鱒と一しょに泳いでいた。

「いいの、いいの、こんやは、こっちが晩いのだから」

かの女は、ちっとも気にしない声でそういった。そして別の場所を探すよう、やや撫肩ながら厚味のあるむす子の肩の肉を押した。

噴水のネオンの光線の加減のためか、水盤を取り巻いて、食卓を控えた靠れ壁の人々の姿はハッキリしなかった。しかし、向うは、もう気がついたらしく、西洋人の訛ったアクセントで呼びかけるのが聞えた。

「イチロ、イチロ」

「イチロ」

息子の名を呼びかけるそれらは女の声もあるし、男の声もあった。クックという忍び笑いを入れて囁くように呼ぶ声は、揶揄い交りではあるが、決して悪意のあるものではなかった。

「まあ、誰」

かの女は首を低めて、むす子の肩からネオンの陰を覗き込んだ。むす子はそれに答えないで吃った。

「ああ、あいつ等が占領しているのか、だいぶ豊かと見えるな」

そして、声のする噴水のかげの隅に向って、のびのびした挨拶の手を挙げていった。

「子供等よ、騒ぐでないぞ、森の菌霊が臼搗くときぞ」

むす子は、おかしさが口の端から洩れるのをそのまま、子供等に対する家長らしい厳しい作り声をあっさり唇に偽装して、相手の群に発音し終ると、くるりと元の方向に踏み直って歩き出した。