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ぼしじょじょう

母子叙情

岡本 かの子

「文学界」1937(昭和12)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 77,355 字 · 153 页

青空文庫

重圧を感じた彼女は、老いた夫であるとはいえ、たとえ外交官として復活しなくとも、何か夫の前生の経験を生かして、妻としての自分の生活を華々しく張合いのあるものにして呉れることを期待した。その点によって夫と自分との年齢の差も償えると思っていた。だが夫は毎朝飲むコーヒーだけは、自分で挽いて自分でいれる器用な手つきだけのところに、文化人らしい趣を遺すだけで、あとは日々ただの村老に燻んで行った。彼女は従えられ鞣されて行った。

「おかしなことには、この都会近くの田舎というものは、市場へ運ばれて売られる野菜や果物同様、住む人間までも生気を都会へ吸い取られて、卑屈に形骸的にならされてしまうのですね」

規矩男は父を斯うも観察した。女の子が生れてすぐ死に、二番目の規矩男が生れたときは、父親は既にまったく老境に入って、しかも、永年の飲酒生活の結果は、耄けて偏屈にさえなっていた。女盛りの妻の鏡子は、態と老けた髪かたちや身なりをして、老夫のお守りをしなければならなかった。(母の幾分僻んだ、ヒステリックな性格も、この頃に養われたらしい)

「父は死ぬ間際は、書斎の窓の外に掘った池へ、書斎の中から釣竿を差し出して、憂鬱な顔をして鮒や鮠を一日じゅう釣っていましたよ。