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ははおや

母親

豊島 与志雄

「読売評論」1951(昭和26)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,057 字 · 11 页

青空文庫

実は行きたいのだが、なにか憚られるのだ。私は卑怯なのだろうか。高須君の戦死を聞いて、一度、仏前におまいりしたきり、御無沙汰をしている。本来なら、時々伺う筈だ。然し、私は敢て非情になろう。あなたに対する嘗ての愛情が、まだ胸うちにくすぶっているし、私のその愛情を、あなたも記憶している筈だし、しばしば往き来しているうちには、どういう結果になるかも知れないと、それが恐れられるからだ。そういう例は、所謂戦争未亡人に多々ある。私はそういうことが嫌いだ。固より、現在私は自由の身であるし、あなたも現在は自由の身であるし、愛情関係を心配する必要はない。然し、私は高須と友人だった。その一事のために、高須の妻だったあなたを愛することを恐れるのだ。高須が私にとって未知の男だったら、何でもないが、友人だったために、もしも私とあなたと愛しあった場合、高須のことが私たちの愛情に投影することを怖れるのだ。これは台風な考え方かも知れない。或るいは新らしい考え方かも知れない。いずれにせよ、私にはその怖れが大きい。あなたに対する愛情の再燃の可能性も大きい。だから私は敢て非情になろう。