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はは

母

宮本 百合子

不詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,021 字 · 16 页

青空文庫

母が二十代の時分、生れたての私をつれて札幌へ父とともに行って暮したことがある。その当時東京からついて行ってずっとそっちにいた間暮した女がその夜も来ていたが、そういう昔馴染でさえ、あああの時はどうだった、この時はこうであったというような話はしないで、大きい青桐の葉に深夜の電燈が煌々と輝やいている二階の手摺のそばで、団扇を胸元で低くつかいながら、思い出したようにまわりの者に小声で茶菓などすすめている。

その有様には、母の特徴があらわれていると感じられた。誰にしてもひとくちで母の印象を語ることは出来にくいのだろう。褒めるというのもわざとらしいし、ましてそういう場合、ああされたことは今も忘られないとは云えないし、普通のひとの心持では一寸云うべき言葉がないのだろうとも推察された。

母は、晩年特に著しくなった矛盾をいっぱい持って、それを極めて率直に、世間知らずにのばしきり、自身の嘘や誇張をも知らず、自分の生活ぶりがはたの者にどんなに影響しているかということにも気づかず、一家の真中に坐をしめて生きた女性なのであった。

母の生れた西村という家は佐倉の堀田家の藩士で、決して豊かな家柄ではなかったらしい。