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あせ
汗
岡本 かの子
「週刊朝日」1933(昭和8)年5月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,466 字 · 3 页
この疑いのために浦子はそのまま塩煎餅屋の前から引返して来たのだ。
松崎は眼を丸くして浦子の顔を見た。むっくり高い鼻。はかったようにえくぼを左右へ彫り込んだ下膨れの頬。豊かに括った朱の唇。そして蛾眉の下に黒い瞳がどこを見るともなく煙っている。矢がすりの銘仙に文金の高島田。そこに一点の羞恥の影も無い。松崎は眼を落して娘の掌を見た。古典的で若々しいローマの丘のように盛上った浦子の掌の肉の中に丸い銀貨の面はなかば曇りを吹き消しつつある。
松崎は思わず娘の手首を握った。そして娘の顔をまた見上げた。そのとき松崎の顔にはあきらかに一つの感動の色が内から皮膚をかきむしっていた。
――こんなお金でおしおせん買えて?」
松崎の顔は決心した。そしてほっと溜息をついて可愛らしい浦子の掌へキスを与えた。そしていった。
――買えますよ。買えますとも。どりゃ、そいじゃ僕も一しょに行ってあげましょう。そしてこれからはあなたの買物に行くときにはいつでも一しょに行ってあげますよ」
その秋に松崎は浦子を妻に貰って東北の任地へ立って行った。
これはあの大柄で人の好さそうな貨幣一円銀貨があった時分の話である。