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えがわらんこ

江川蘭子

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1930(昭和5)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,151 字 · 23 页

青空文庫

客席に悲鳴やののしり声が起った。

娘の首を持上げると、顔と地面との間に真赤な糸が続いた。彼女はひどく血を吐いていたのだ。地面には赤い水溜りが出来ていた。

ラン子はその血を見て、二年前、両国橋や百貨店の屋上から遙かの下を覗いた時と、非常によく似た、一種の戦慄を感じた。恐ろしくもあった。が同時に、娘の死体と流れる血のりに、ワクワクと総毛立つ程の魅力を覚えたのだ。いや、それ丈けではない。彼女が赤ちゃんの時分、両親の死体の間で、血潮の池をベタベタ叩きながら、キャッキャッと笑い興じた、あの奇異なる印象が、無意識の底に残っていて、今この酷似せる光景に出会い、不思議な胸騒ぎを感じたのであったかも知れぬ。

だが、大人と云っても十六歳のラン子は、まだ犯罪、殺人の魅力に思い至る程、成熟してはいなかった。それがどんなに毒々しくも快い刺戟であるかをさえ、ハッキリは意識しなかった。彼女はただ「人の血って、どうしてあんなに美しいのかしら」と考えながら、うっとりと即死少女の青白い死体を眺めているばかりだった。

又、幼時の両親の変死についても、江川夫妻が秘し隠していたので、彼女は悪夢にうなされた時には、きっと耳にする、あのすさまじい断末魔のうめき声さえも、それが何を意味するのか、よく分らないでいた程だ。