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かわあかり

河明り

岡本 かの子

「中央公論」1939(昭和14)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,244 字 · 98 页

青空文庫

望みというものは、意固地になって詰め寄りさえしなければ、現実はいつか応じて来るものだ。私が水辺に家を探し始めてから二ヶ月半かかっている。

二三度「ご免下さい」と云ったが、返事がない。取り付きの角の室を硝子窓から覗くと、薄暗い中に卓子のまわりへ椅子が逆にして引掛けてあり、塵もかなり溜っている様子である。私は道を距てて陸側の庫造りの店の前に働いている店員に、理由を話して訊ねて見た。するとその店員は家の中へ向って伸び上り、「お嬢さーん」と大きな声で呼んだ。

九曜星の紋のある中仕切りの暖簾を分けて、袂を口角に当てて、出て来た娘を私はあまりの美しさにまじまじと見詰めてしまった。頬の豊かな面長の顔で、それに相応しい目鼻立ちは捌けてついているが、いずれもしたたかに露を帯びていた。身丈も格幅のよい長身だが滞なく撓った。一たい女が美しい女を眼の前に置き、すぐにそうじろじろ見詰められるものではない。けれども、この娘には女と女と出会って、すぐ探り合うあの鉤針のような何ものもない。そして、私を気易くしたのは、この娘が自分で自分の美しさを意識して所作する二重なものを持たないらしい気配いである。