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かわあかり
河明り
岡本 かの子
「中央公論」1939(昭和14)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,244 字 · 98 页
場合によってはと考えて、初から娘の旅券には暹羅、安南、ボルネオ、スマトラ、爪哇への旅行許可証をも得させてあったのが、幸だった。
私はうすら冷たくほのぼのとした河明りが、障子にうつるこの室に座りながら、私の最初のプランである、私の物語の娘に附与すべき性格を捕捉する努力を決して捨ててはいない。芸術は運命である。一度モチーフに絡まれたが最後、捨てようにも捨てられないのである。その方向からすれば、この家の娘への関心は、私に取って一時の岐路であった。私の初め計劃した物語の娘の創造こそ私の行くべき本道である。
だが、こう思いつつ私が河に対するとき、水に対する私の感じが、殆ど前と違っているのである。河には無限の乳房のような水源があり、末にはまた無限に包容する大海がある。この首尾を持ちつつ、その中間に於ての河なのである。そこには無限性を蔵さなくてはならない筈である。
こういうことは、誰でも知り過ぎていて、平凡に帰したことだが、この家の娘が身を賭けるようにして、河上を探りつつ試みたあの土俗地理学者との恋愛の話の味い、またその娘が遂に流れ定って行った海の果の豊饒を親しく見聞して来た私には、河は過程のようなものでありながら、しかも首尾に対して根幹の密接な関係があることが感じられる。