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はたのてい

波多野邸

豊島 与志雄

「展望」1946(昭和21)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,194 字 · 45 页

青空文庫

小池さんは呑気でいいわね。煙草を吸ったり、酒を飲んだり、薪を割ったり……。」

「そりゃあ、僕は男ですもの。まあ、謂わば書生ですね。」

「小池さんが書生なら、わたしは何でしょう……一種の女中ね。書生がすることを、女中はしていけないでしょうか。」

「それは面白い問題ですね。波多野さんに聞いてごらんなさい。」

「ええ、聞いてみるわ。」

「返事はきまってますよ。書生がすることは女中もして宜しい、人がすることは誰でもして宜しい……波多野さんならきっとそう言われますよ。奥さんの方は分らないけれど。」

「そうかしら。」

「然し、あなたは女中じゃありませんよ。」

「それでは、何なの。」

「家族の一人ですね。だから、少し窮屈なんでしょう。」

「違うわよ。まったく逆よ。いえ、こんなこと、男には分らないでしょう。やっぱり、男と女とは、立場が違ってよ。」

「そうなると、僕にはよく分りませんね。」

そんなことはどうでもよいという調子で、投げやりに言って、小池はまた空の方を眺めた。

いつのまにか、強い明るみが地上に流れていた。黒雲は東へと移動し続けていて、西空の濃い本拠が拭われるように薄らいでゆき、真綿のように透いてきて、日の光りさえも洩れそうになった。