轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

つだせいふうくんのえとなんがのげいじゅつてきかち

津田青楓君の画と南画の芸術的価値

寺田 寅彦

「中央公論」1918(大正7)年8月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,532 字 · 23 页

青空文庫

、第3水準1-14-4)の事など考えるだろうか、それを考えれば書の魂は抜けはしまいか。たとえ胴中を枝の貫通した鳥の絵は富豪の床の間の掛物として工合が悪いかもしれぬが、そういう事を無視して絵を画く人が存在するという事実自身が一つの注目すべき啓示ではあるまいか。自分は少し見ているうちにこの種の非科学的な点はもうすっかり馴れてしまって何らの不都合をも感じなくなった。おそらく誰でも同様であろう。ただ在来の月並の不合理や出来合の矛盾にのみ馴れてそれを忘れている眼にほんの一時的の反感を起させるに過ぎないであろう。

津田君の絵についてこういう新しい見馴れぬ矛盾や不合理を探せばいくらでもある。こういう点の多いという事がまさに君が新しい眼で自然を見つつある事実を証明するのである。在来のいわゆる穏健な異端でない画に対して吾人が不合理を感じないのは、そこに不合理がないという証拠では毛頭ない。ただそこには何らの新しい不合理を示していないというだけである。そしてこれは間接には畢竟新しい何物をも包んでいない事を暗示するのである。そうかと思うと一方で立体派や未来派のような舶来の不合理をそのままに鵜呑みにして有難がって模倣しているような不見識な人の多い中に、このような自分の腹から自然に出た些細な不合理はむしろ一服の清涼剤として珍重すべき