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つだせいふうくんのえとなんがのげいじゅつてきかち
津田青楓君の画と南画の芸術的価値
寺田 寅彦
「中央公論」1918(大正7)年8月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,532 字 · 23 页
もののような感がある。
鳥の脚が変な処にくっついている、樹の上で鳥が力学的平衡を保ち得るかは疑問である。樹の幹や枝の弾性は果してその重量に堪え得るや否や覚束ない。あるいは藁苞のような恰好をした白鳥が湿り気のない水に浮んでいたり、睡蓮の茎ともあろうものが蓮のように無遠慮に長く水上に聳えている事もある。時には庇ばかりで屋根のない家に唐人のような漱石先生が居る事もある。このような不思議な現象は津田君のある時期の画中には到る処に見出される。在来の型以外のものに対して盲目な公衆の眼にはどうしても軽視され時には滑稽視されるのは誠に止むを得ぬ次第であるが、そういう人でも先ず試みに津田君のこの種の絵と技巧の一点張の普通の絵と並べて壁間に掲げ、ゆっくり且つ虚心に眺めて見るだけの手数をしたならば、多分今までとちがった心持で津田君の絵を見直すだけの余裕が出来ようかと思う。技巧を主とした絵は一見その妙に酔わされ感服させられる。しかし先ず大抵の絵は少し永く見ていると直にそれほどの魅力はなくなる、そして往々一種の堪え難い浮薄な厭味が鼻につく場合も少なくない。技巧というものが畢竟それ限りのものであって、それ以上の何物をも有せぬものとすれば、これは当然な事ではあるまいか。