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りゅうげんひご
流言蜚語
中谷 宇吉郎
「読売報知」1945(昭和20)年10月8日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,938 字 · 4 页
流言蜚語の培養層を、無智な百姓女や労働者のような人々の間だけに求めるのは、大変な間違いである。関東大震災の時にも、今度と同じような経験をしたことがある。あの時にも不逞鮮人事件という不幸な流言があった。上野で焼け出された私たちの一家は、本郷の友人の家へ逃げた。大火が漸くおさまっても流言は絶えない。三日目かの朝、駒込の肴町の坂上へ出て見ると、道路は不安気な顔付をした人で一杯である。その間を警視庁の騎馬巡査が一人、人々を左右に散らしながら、遠くの坂下から馳け上って来た。そして坂上でちょっと馬を止めて「唯今六郷川を挟んで彼我交戦中であるが、何時あの線が破れるかもしれないから、皆さんその準備を願います」と大声で怒鳴ってまた馳けて行った。もう二十年以上も前のことであるが、あの時の状景は今でもありありと思い浮べることが出来る。勿論全く根も葉もない流言であった。
そんな馬鹿なはずはないと思われることは、どんな確からしい筋からの話でも、流言蜚語と思って先ず間違いはない。そういう場合に「そんな馬鹿なことがあるものか」と言い切る人がないことが、一番情ないことなのである。