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うきよえのかんしょう

浮世絵の鑑賞

永井 荷風

「中央公論 第二十九年第一號」1914(大正3)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,949 字 · 14 页

青空文庫

フランドルはもと自由の国たり。フラマン人は西班牙政庁の覊絆を脱するや最近十九世紀の文明に乗じて一大飛躍を試みたる国民たり。ヴェルハアレンが Rubens, Van Dyck, Teniers 等十七世紀の名画を見その強烈なる色彩に感激したるは毫も怪しむに足らざるなり。しかして余は今自己の何たるかを反省すれば、余はヴェルハアレンの如く白耳義人にあらずして日本人なりき。生れながらにしてその運命と境遇とを異にする東洋人なり。恋愛の至情はいふも更なり、異性に対する凡ての性慾的感覚を以て社会的最大の罪悪となされたる法制を戴くものたり。泣く児と地頭には勝つべからざる事を教へられたる人間たり。物いへば唇寒きを知る国民たり。ヴェルハアレンを感奮せしめたる生血滴る羊の美肉と芳醇の葡萄酒と逞しき婦女の画も何かはせん。ああ余は浮世絵を愛す。苦界十年親のために身を売りたる遊女が絵姿はわれを泣かしむ。竹格子の窓によりて唯だ茫然と流るる水を眺むる芸者の姿はわれを喜ばしむ。夜蕎麦売の行燈淋し気に残る川端の夜景はわれを酔はしむ。雨夜の月に啼く時鳥、時雨に散る秋の木の葉、落花の風にかすれ行く鐘の音、行き暮るる山路の雪、およそ果敢なく頼りなく望みなく、この世は唯だ夢とのみ訳もなく嗟嘆せしむるもの悉くわれには親し、われには懐し。