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よくそう
浴槽
大坪 砂男
「小説の泉」1950(昭和25)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,214 字 · 9 页
「綺麗だなあ……」
と呟いた。それを前の男は話しかけられたものと感違いしたのか、
「ええ。ここの新緑は有名ですから」
と応じた。そして、ふっと言葉の調子を変えると、
「探偵小説がお好きのようですね?」
「そう。商売になってしまって」
「お書きになるんですか?」
「どうやら人の真似事を……」
と答えながら、彼の観察の源は明瞭だった。私の横に伏せてある本の表紙には“ハイライト著 密室殺人事件”と印刷されてる。
「小説を書くならS高原にいらっしゃい。ご存じでしょう?」
と仲々親切だ。
「スキー場じゃありませんか」
「近頃はそれで名が通ってしまいましたが、もともと避暑地なんですから。今頃は花が一時に咲き乱れて何とも云えない良い季節ですよ。それなのに都会の人はまだ来ないし、土地の者は田植で忙しい。だから静かに勉強するには申し分ありませんね」
「なるほど」
と私の心は少し動いた。
「S高原ならK湯に限ります。御紹介しましょう。そこでたった一軒の温泉宿はわたしの、叔父が経営してますから」
何のことはない、青年にしては丁寧な口がきけると感心していたら、これではまるで客引きにかかったようなものだった。