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かいりゅう

海流

宮本 百合子

「文芸春秋」1937(昭和12)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,977 字 · 72 页

青空文庫

なかった。小さいようでもこの出来事は、この二年間、日本の財閥間に生じた或る微妙な勢力の移動を語っていることを、泰造は永年の経験で勘づいているのであった。

瑛子は、泰造の心の中の計画については何も知らなかった。良人の跫音をききながら、白い疲れた瑛子の顔に、今は誰憚るところのない倦怠と嫌悪の色が漲った。瑛子には、高輪の夫婦のごたごたそのものも不愉快であったし、それに対する泰造の態度も気にくわなかった。泰造には深いところがない。思索的なところがない。八方美人である。日頃瑛子は良人をそういう風に観てあき足りないでいるのであったが、今夜は、泰造が井上に対して一向圧しのきく態度を示さなかったことが二重にいやな気がした。そこには井上と泰造との男のきれ工合をおのずから比較して眺めた女の虚栄心めいたものと混って、瑛子らしく、男の勝手な振舞いは男の相見互のようなものでいい加減におさめようとする泰造が、はがゆく思われた。

こんなことで夜半に帰って来たのに、泰造はああやって何も考えないで直ぐ寝てしまえる。妻としんみり話そうとする何の問題も感じて来ていない。泰造にはそういう味のある深みがないと焦立たしいのであった。