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かいりゅう
海流
宮本 百合子
「文芸春秋」1937(昭和12)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,977 字 · 72 页
子供は絶対に入ってはいけないことになっていた仕事場へ、宏子もたまに行って見るようになり、数ヵ月して、その仕事が終った時は、土曜日の夜というと加賀山の家へ富岡が現れるしきたりになった。
泰造はいつも多忙で、かえりが十二時過ることはその頃も今も同じであった。順二郎は小さかったから、九時すぎの客間で喋っているのは富岡と瑛子と宵っぱりな宏子だけであった。濃茶色の布張りのソファにかけて、瑛子はその時も上気して、肌理の濃やかさの一層匂うように美しい風で喋っていた。時々亢奮したように白足袋の爪先をせわしく小刻みに動かしたり、あなたのおっしゃることには絶対不賛成です、と云うような切り口上を挾んだりして。――
そのころの宏子はもとより母と富岡とが或る時はひどく抽象的な云いまわしで、礼儀をみださず交わしている話の内容には入って行けないのであったが、客間の中に徐々にかもし出されて、夜が更けるにつれて益々濃くなって行く、暖いような、燿くような、何かがかくされてでもいるような雰囲気に、宏子は早熟に敏感に全身でひきこまれた。何でもない。だが、何だかちがう。十五の宏子の心をひッぱって、わくわくさせるものがある。