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あざらしとう
海豹島
久生 十蘭
「大陸」1939(昭和14)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,311 字 · 48 页
胸は思春期の少女のように嬌めかしい豊かな線を描き、手足のみずかきは春の霞のように薄桃色に透けていた。眼はおっとりと柔和に見ひらかれ、どんな動物のそれよりもやさし気だった。
狭山は可愛くてたまらぬというように、※(「舌+低のつくり」、第3水準1-90-58)めまわす眼つきで惚れぼれと眺めていたが、異相の大男のどこからこんな声が出るかと思われるような甘ったるい声で、
「花子や、旦那にお辞儀しねえか」といった。膃肭獣はきょとんと狭山の顔を眺めていたが、その意味がわかったのだとみえ、いくども首をあげさげして、お辞儀をするような真似をした。狭山は首を振ったり、クックッと笑ったりしていたが、膃肭獣との愛情を誇示したくなったらしくいろいろな掛声をかけると、膃肭獣は遠いところを眺めるような眼つきをしながら、狭山の肩に凭れかかったり、膝のうえに這いあがったりした。恍けた、愛らしいともいうべきしぐさであるにもかかわらず、なぜか、それが私の心をうった。妙に心に残る情景だった。
第三日
一、風は依然として吹きつづけ、来るべき船は来ずに夜になった。
正午ごろから、膃肭獣はしょんぼりと首を垂れ、元気のないようすをしていたが、夕方近くになると、床の上に腹這いになって、苦しそうに呻きだした。