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たんそうせんせいのきょういく

淡窓先生の教育

中谷 宇吉郎

「西日本新聞」1955(昭和30)年7月21日

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 1,090 字 · 3 页

青空文庫

先日、日田へ行く機会があったので、広瀬淡窓先生の旧屋、秋風庵を訪ねた。

広瀬淡窓の名前は、前から聞いていたが、機会がなくて、今までその人となりや教育方針のことなどは何も知らなかった。それで庵主古川老のお話は、非常に興味が深く、また大いに啓発されるところがあった。

門弟四千名、その中からは、高野長英、大村益次郎、清浦奎吾というような人々が出ていることも、もちろん特筆すべきであるが、それよりも驚くべきは、四千名というその数である。これらの門弟たちは、全国六十余州から笈を負って集ったもので、全然門弟の来なかった藩は、たしかに二つくらいしかない。青森地方、即ち南部や津軽からも、はるかに九州のこの僻地まで、数名の門弟が来ている。

幕末時代の交通機関のことを思えば、これはまことに驚くべき事実である。淡窓塾で、所定の学業を終えれば、学位がもらえて、それであと一生就職には困らない、というようなことももちろんなかったであろう。藩か大店かの「公費」で遊学したという学生も、絶無に近かったものと思われる。

門下生たちは、純粋に学問を身につけるために、千里を遠しとせず、九州日田の山地にまで集って来たのである。