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せいひんのしょ

清貧の書

林 芙美子

「改造」1931(昭和6)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,061 字 · 36 页

青空文庫

――ああ、疲れた紅いメリンスの帯はもうあの朝鮮人の屑屋の手から、どこかの子守女へでも渡っている事だろう。帯を売って五日目だ。もう今朝は上野へ行く電車賃もないので、与一は栗色の自分の靴をさげて例の朴のところへ売りに行った。

「何ほどって?」

「六拾銭で買ってくれたよ」

「そう、朴君はあの靴に四ツも穴が明いているのを知っていたんでしょうか?」

「どうせ屋敷めぐりで、穴埋めさ、味噌汁吸って行けってたから呑んで来た」

「美味かった?」

「ああとても美味かったよ……弐拾銭置いとくから、何か食べるといい」

私は今朝から弐拾銭を握ったまま呆んやり庭に立っていたのだ。松の梢では、初めて蝉がしんしんと鳴き出したし、何もかもが眼に痛いような緑だ。

唾を呑み込もうとすると、舌の上が妙に熱っぽく荒れている。何か食べたい。――赤飯に支那蕎麦、大福餅にうどん、そんな拾銭で食べられそうなものを楽しみに空想して、私は二枚の拾銭白銅をチリンと耳もとで鳴らしてみた。

しんしんと蝉は鳴いている。

透けた松の植込みの向うを裸馬が何匹も曳かれて通る。

「良いお天気で……」

屑屋の朴が秤でトントン首筋を叩きながら、枳の門の戸を蹴飛ばして這入って来た。