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せいひんのしょ

清貧の書

林 芙美子

「改造」1931(昭和6)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,061 字 · 36 页

青空文庫

「だから、召集令状を見たらいいでしょう」

一枚の小さな召集令状が、あっちこっちの紳士諸君の手に渡った。

「不思議だねえ、もいちど探しなおしだ。ところで、他に客は無いだろうね」

枳の門の外には、白い小型の自動車が待っていた。仕入れに行く魚屋や、新聞配達等が覗いている。

「チェッ、何のために月給貰っているンだ。おいッ! 加奈代、塩を撒いてやれ」

「だって、塩がないのよ」

「塩が無かったら泥だっていいじゃないかッ、泥が無かったら、石油でもブッかけろ」

「こんなに家中無断で引掻きまわして、済みませんなンて云わないッ」

「云うもンか……あンなのを見ると、食えないで焦々しているところだ、赤くなりたくもなるさ」

「小さい頃、私の義父さんも、路傍に店を出して、よく巡査にビンタ殴られていたけれど――全く、これより以上私達にどうしろって云うのかしら?」

十

上野の博覧会の仕事もあと二三日で終ると云う夕方、与一は頭中を繃帯で巻いて帰って来た。

「八方塞りかね。オイー! 暑いせいか焦々して喧嘩しちまったよ」

「誰とさア」

「なまじっか油絵の具を捏ねた者は、変な気障さがあって困るって、ペンキ屋同士が云ってるだろう、だから、僕の事なンですか、僕の事なら僕へはっきり云って下さいって、云ってやったンだ。