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しぶやけのしそ

渋谷家の始祖

宮本 百合子

「中央公論」1920(大正9)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 68,023 字 · 133 页

青空文庫

正隆を片親の子として、偏愛のうちに抱擁した未亡人は、第二代目の正房をも、同様の亢奮で抱き竦めた。総てが、正隆に行われたと同じことがまた正房の上にも繰返されているようにさえ思われる。然し、正隆は知らぬ、無関係な態度で、彼の隠遁所に身を跼めていた。正隆と正房とは、全く畸形な、信愛の絶無にさえ見える父子関係を持ちながら、未亡人がこの世を去るまで、同じ翼の左と右とに、互の影を眺め合って暮して来たのである。

十四

佐々未亡人が死去したとき、正隆は四十七歳になっていた。子の正房は、十八の青年であった。今まで、未亡人の輪郭のうちに混って、存在をぼやかしていた二人の不幸な父子は、俄にその力弱い姿を、天日に晒さなければならなくなって来たのである。

この場合、当然に起るのは、彼、正隆の自活という問題である。未亡人の遺産は、永久に彼等を無為に送らせるほどはない。従って、正房と彼自身の生活の足しとするために、正隆が、何かの職業に就くことは、この場合、彼が父として負うべき当然の義務であったのである。けれども、正隆は、掉頭(かぶり)を横に振った。誰が何と云っても、動こうとはしなかった。