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しぶやけのしそ
渋谷家の始祖
宮本 百合子
「中央公論」1920(大正9)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 68,023 字 · 133 页
従って、若し正隆が、素直に彼女等の、真の美を、体と魂とに認めるならば、殆ど必然の結果として、彼女を、自分の伴侶として持ちたいという希願、伴侶として生活の素晴らしい改造を行いたいという、希望が起って来ずにはいないのである。
けれども、正隆は、それを恐怖(おそ)れた。女性に対する尊敬、女性のよき霊魂の承認が、彼を誘って行く方向を見て身震いをした。若し、女性を一歩自分の生活の内面に踏込ませれば、今度こそ、あの恐ろしい呪咀は、どんな詭計を用いて、自分の生命をさえ奪うかも知れない。輝やかしい、清浄な女性の存在と、彼女によって洗われる生活の光輝とを予想しながら、自らの暗さに跼んでいることは、正隆には堪え得ないことである。
そこで彼は、地上のあらゆる女性の霊魂を虐殺してしまった。魂ぬきの、肥えふとった白い肉体の所有者とした。歎く心も、恨む魂もないものとして、正隆はただ、自分の圧え得ない情慾の、消耗器として女性の全部を見下したのである。
正隆は、強いても、人間の本能の暗澹たる力の一方のみを肯定しようとした。人間を獣以下にこき下げようとしたのだ。けれども、それは、彼が人間である間は、苦痛なしに出来ることではないだろう。