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しぶやけのしそ

渋谷家の始祖

宮本 百合子

「中央公論」1920(大正9)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 68,023 字 · 133 页

青空文庫

その不思議な力を持った者は、決して、単純に運命とは呼ばれなかった。自分の幸福なるべき運命の大道に、邪魔を出す、他の何人かである。明に人格である。

同僚や、生徒の彼方に身を潜ばせて、巧に不幸の糸を引く何者か、運命的な人格なのである。

正隆は、その、彼の前に朦朧(もうろう)と現われた、悪意の妖魔に向って、居直ったのである。

正隆は、自分が不幸なのも、他人が不幸なのも知り抜いている。然し、その見えない何人かの悪策に負けて引下るものかという反抗が起った。自分を取囲む総ての者は、何等かの意味に於て、その影の人の暗示を受けている。誰も、その者自身ではない。が、誰かがその者の一部となっている。

正隆は、我と他人(ひと)に向って、

「どうでもしろ」

という、捨科白(すてぜりふ)を投げたのである。

自暴自棄な捨科白を投げながら、正隆の想像の裡には、ふと、係蹄(わな)に懸った狼と、半狂乱で取組み合っている猟師の姿が、浮み上った。

積った雪の深みに懸けた係蹄に、何も知らない狼が、餌を漁りに来て足を噛まれたのだ。樹蔭で様子を窺っていた猟師は、旨いぞ! と云って手を打っただろう。