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しぶやけのしそ

渋谷家の始祖

宮本 百合子

「中央公論」1920(大正9)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 68,023 字 · 133 页

青空文庫

けれども、人の好い、何方(どちら)かといえば単純な副島氏は、正隆の、辛辣な、神経的な顔に面と向って相対すと、いつも、云いたいことを云い出せないような、不安と圧迫とに押えつけられた。

どんなに元気よく、大きな声で快活にものを云いかけようと決心はしていても、彼の顔を見るや否や、このよき副島氏の計画は崩れてしまう。忽ちのうちに、正隆と同じような陰気さと暗さとに染められる彼は、まるで、正隆と同様な感情の所有者のような口調で、

「どうですか?」

と、意味をなさない断片的な言葉を吐き出してしまうのである。

副島氏の、この挨拶を受ける毎に、正隆は同じように意味をなさない、微笑を返礼にした。時には、

「有難う」

と云う。

そう云いながら、彼は心の中に、「またおきまりの、どうですか、か!」と呟きながら、苦笑をするのである。

皮肉な気分で、表面は、一片の義理に見えるこの言葉を噛み捨てながらも、正隆の淋しい、荒涼たる心は、事実に於ては、どれほどの温みを感じていたか分らなかった。ただ、彼は、それを示すのが厭なのである。何だこんなもの、という表情をしていたいのだ。けれども、西日に照らされると、まるで茶色の風船玉に、小指でちょいちょい眼鼻を付けたような副島氏の表情は、何の毒も持っていないようにさえ思われる時がある。