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しぶやけのしそ
渋谷家の始祖
宮本 百合子
「中央公論」1920(大正9)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 68,023 字 · 133 页
あんなに確実そうに見え、見えたばかりか、同僚の多くも、自分に当然の結果として、選抜を予期していたのに、あの真田が、自分に代るということは、一体何事だろう。
平常から、おべんちゃらな男として、数にも上せなかった彼に、自分の座を横領されたことは、正隆にとって、決して単純な失望には止まらない。
今までは、創世後八日目の宇宙のように、晴々と、爽やかに日光の降り灌(そそ)いでいた地球は、俄に、正隆のこの眼の前で頓死してしまったのである。
十
それは実際、総てのために悲しむべき、一つの誤謬であった。
正隆が、外国語に、秀でた天分を持っているということをのみ強調して、考えの中に置いていた人々は、彼が翻訳した文章を見て、不審を起した。
彼が、外国語にこそ精通しておれ、邦文、しかも当時行われていた面倒な漢文的な文章を、これほど立派に駆使することは意外だというのである。
人間が、意外な感に強く打たれたとき、決して平常の冷静を保っているものではない。少くとも、その瞬間だけでも、何等かの不安定な動揺を感じずにはいられない。その動揺の、落付こうとする方向を、いかなる形式に於ても暗示するヒントが、やがて、その「意外」