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しぶやけのしそ

渋谷家の始祖

宮本 百合子

「中央公論」1920(大正9)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 68,023 字 · 133 页

青空文庫

彼の追憶は、それが追憶であるという事実に於て、多分の想像が加えられるのを免れない。現実の苦痛は、その結果のみを握って、原因を手の届かない彼方に置いているという点に於て、また、多くの推測と仮想とを含まずにはいられない。総てのことがただ抽象化されて、その抽象を左右する傾向が、ただ、正隆の気質にのみ動かされることは、結果として、正隆の求め得る結論以外のものは出て来よう筈がない。

自分の正直な、真実な仕事が、劣等な疑と不公平な判断によって、現に、拒絶されたという事実は、翻って、妄想かも知れないと思いかけていた過去の、K県での経験までを、疑い得ない事実として、正隆を首肯させた。そうなると、彼の最初の踏み出しから、今日まで、正隆は、ただ不正の、悪策の的となっていたようなものなのではあるまいか。

悪計を運用する台として、或る処へ運び出されたようなものである。その運び出す餌として、自分は、僅かな、然し力強い幸福を覗せられた。幸福を厭う人間が、この世に独りでもいるだろうか? 皆は幸福を求める。その皆の求めるものを自分が求めて、釣り出されたことは、自分としては自然である。