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しぶやけのしそ
渋谷家の始祖
宮本 百合子
「中央公論」1920(大正9)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 68,023 字 · 133 页
良人を全部、信じ、肯定しきれない信子夫人は、心の中では、幸福な姉達の生活を比較しながら、あでやかな眉を顰めて、憐れな良人を眺めたのである。
総ては、どこにも捌(は)け口のない濁流の渾沌さで彼の周囲に渦巻いた。
正隆は自分の苦悶を、肯定してくれる者もなければ、また力強く否定して、鞭撻しようとしてくれる者もないのを発見した。妻も、母も、遠く、或は近いといっても、或る一定の距離を隔てて面する以上決して、より接近し、しっかりと魂の奥まで掴んでくれようとはしない。不思議に、遣場のない不安、呪咀。当のない力の焦躁。行き処がない、行き処がない……
正隆は、憤りにまかせて、フム! やって見ろ! と叫ぶだろう。けれども、それは決してその瞬間の、心そのものの空虚を満すものではなかった。相変らず、淑やかな、温順な、動じない妻。正隆や、正隆や、と云う母。然し、二人は、何の力も加えてはくれないのだ。彼女等の、相変らずの柔かさ、ほの温かさが正隆を、一層苦しませる。彼は、自分と共に若し信子も怒鳴って、狂(あ)れて、呪咀すべき運命、人間、に拳を振ってくれたらば! と、思う。それでなかったら、何か、火のような言葉で、自分をハッとさせてくれさえしたら! と希う。