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とせんば
渡舟場
豊島 与志雄
――近代説話――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,509 字 · 24 页
八重子なのだ。俺は近よって声をかけた。妹は振り向いて、まぶしそうに俺を見た。なにか見知らぬ他人をでも見るような眼眸だった。俺はからかってみた。
「悲観してるようだね。雛祭りが出来ないからだろう。幾歳になるんだい。」
妹は真面目に頭を振って微笑した。だがその眼には涙があった。俺は眼を外らして、夕陽を仰いだ。それから妹と連れだって家の方へ歩いた。何か話がしたかったが、言葉が見付からなかった。すると、妹がぽつりと言った。
「兄さん、また戦争でも初まるといいわね。」
「ばかなことを言うなよ。」
俺は機械的に返事をしたが、その後ですぐ、妹の言葉の真意が胸にこたえた。妹は戦争のことなどを言ってるのではなかった。
「うん、お前の言う気持は分かるよ。」と俺は言い直した。
妹はなにか話したいようだったし、俺の言葉を待ってるようだった。が俺は何にも言えなかった。そして二人とも黙って家へ戻った。
こんな時、昔の二人だったらいろいろなことを話しあったに違いない。その習慣も失われてしまった。群居生活の故だろうか。それもある。然し他にも理由があることを俺は感じた。
あの河岸で、妹は、全く見ず識らずの他人をでも見るような眼眸で俺を見た。