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とせんば
渡舟場
豊島 与志雄
――近代説話――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,509 字 · 24 页
母までが、俺の方をひそかに窺ってるようだった。妹は俺の視線を避けながら、俺の方にじっと眼をつけてるようだった。それら愛情のこもった眼ももう沢山だ。俺は一度でいいからすっかり一人きりになりたい。この河岸をこうして逍遙していても、なお誰かが俺の方をひそかに眺めていやしないか。
夕食は早めに初められました。というよりも、男たちは早めに酒を飲み初めました。岩田元彦に中村佳吉、川原一家と懇意にしていた村の者二人、渡し守の重兵衛爺さん、それだけの人数で、八重子が煮物の皿を運び、加代子が酌をしてまわりました。女主人の芳江は、長火鉢のそばに肥った体を据えて、お燗番をしながら、人々の話を笑顔で聞いていました。
話はいろいろな事柄に亘り、政治問題にも触れ、農作物のことにも及び、食糧事情なども取り上げられましたが、立ち去った川原一家の人々の噂がやはり中心となりました。
重兵衛爺さんは一度、婆さんに呼ばれて席を立ち、渡し舟を操ってきました。
「やれやれ、こんな時には難儀なことだ。」
重兵衛爺さんはにこにこして、その難儀を楽しんでる風でした。だが、日が暮れると、もう渡舟の客は無くなりました。