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とせんば

渡舟場

豊島 与志雄

――近代説話――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,509 字 · 24 页

青空文庫

その頃、岩田元彦はずっと川上の方にいました。

水中に没して、彼は全くの一人きりになりました。一人きりでちょっともぐっていて、それから泳ぎました。水練の達者な彼は、服のまま岸へ泳ぎつきました。岸に立つと、ひどい寒さを感じました。上衣の水をしぼり、靴の水をあけました。それから土手の上を川上へと歩きました。寒いので駆けだしました。竹藪がありまして、竹の小枝の枯れたのが積んでありました。元彦はポケットのライターをさぐりました。それから水辺の低地を物色して、竹の枯枝を熱心に運び、火をつけました。火は気持よく燃えてあたりを輝らし、空をぽっと染めました。元彦はその火に温まりながら、天涯孤客の心境にあって、瞑想に沈みました。酒の酔いの中での瞑想は、しんしんと深まってゆきました。

その瞑想がどういうものであったかは、彼自身もはっきり覚えてはいません。ただ深い深いものだったというだけで、取り止めもない断片的なもののようでもありましたし、筋の通った連続したもののようでもありました。それは大きな空虚の中の飛翔でした。大空を飛行機で飛ぶのにも似ていて、ただその航空が心の深淵のなかで行なわれたとでも言うべきでしょうか。