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おんしつのこい

温室の恋

国枝 史郎

「ポケット」1924(大正13)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,010 字 · 22 页

青空文庫

お陰で美満寿屋も繁昌しお寿賀さんの女将振が自然に精彩を加えるようになった。

一人寂しいのは私であった。いつか私の恋心がお寿賀さんの胸にも通じたと見えて力の籠もった握手の一つや可愛い色眼の二つや三つは、冬の頃から頂戴いていたものを、花見の客が無闇に立て込む今日此頃では忘れたかのようにお寿賀さんは夫れを呉れようともしない。一人寂しい筈では無いか、で私は心で呟いた。

「私は福島を祝福しまい。私は福島から去ろうと思う。左様なら、左様なら、左様ならと云って!」

しかし矢っ張り呟くばかりで断行することは出来なかった。未練が残っているからでもあろう。

斯うして幾日か日が経った。桜の花も何時か散って野山に緑色が萌えるようになった。

私は無闇に詠嘆した。

小木曾路を今日もさまよう空ろ心

通草の花は薮陰に見し、

ひとり来てまた一人かえる昼の山

声に出でつつ独言いう

などと旨くも無い歌などを、作ったというのも寂しいからである。

此時、平和な福島の、町の人達を驚かせて不思議な窃盗が行われた。ご料林の麓に聳えている酒井男爵の別墅が其唯一の被害者で、数十万円と値踏みされていた沢山な骨董や貴金属や現金や衣類が殆ど全部、地の底へでも沈んだかのように、悉く消えて無くなっていた。