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おんせんざっき

温泉雑記

岡本 綺堂

「朝日新聞」1931(昭和6)年7月23~27日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,905 字 · 16 页

青空文庫

電灯のない時代はもちろん、その設備が出来てからでも、地方の電灯は電力が十分でないと見えて、夜の風呂場などは濛々たる湯気に鎖されて、人の顔さえもよく見えないくらいである。まして電灯のない温泉場で、うす暗いランプの光をたよりに、夜ふけのふろなどに入っていると、山風の声、谷川の音、なんだか薄気味の悪いように感じられることもあった。今日でも地方の山奥の温泉場などへ行けば、こんなところがないでもないが、以前は東京近傍の温泉場も皆こんな有様であったのであるから、現在の繁華に比較して実に隔世の感に堪えない。したがって、昔から温泉場には怪談が多い。そのなかでやや異色のものを左に一つ紹介する。

柳里恭の『雲萍雑志』のうちに、こんな話がある。

「有馬に湯あみせし時、日くれて湯桁のうちに、耳目鼻のなき痩法師の、ひとりほと/\と入りたるを見て、余は大いに驚き、物かげよりうかゞふうち、早々湯あみして出でゆく姿、骸骨の絵にたがふところなし。狐狸どもの我をたぶらかすにやと、その夜は湯にもいらで臥しぬ。夜あけて、この事を家あるじに語りければ、それこそ折ふしは来り給ふ人なり。かの女尼は大阪の唐物商人伏見屋てふ家のむすめにて、しかも美人の聞えありけれども、姑の病みておはせし時、隣より失火ありて、火の早く病床にせまりしかど、助け出さん人もなけれ