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こんとんみぶん

渾沌未分

岡本 かの子

「文芸」1936(昭和11)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,232 字 · 33 页

青空文庫

もしかすると、どこかで一杯ひっかけた好きな洋酒の酔いがまだ血管の中に残っているのかも知れない。

都会育ちの美食家の父娘は、夕飯の膳を一々伊勢丹とかその他洲崎界隈の料理屋から取り寄せた。

自転車で岡持ちを運んで来る若者は遠路をぶつぶつ叱言いったが、小初の美貌と、父親が宛てがう心づけとで、この頃はころころになって、何か新らしく仕込んだ洒落の一つも披露しながら、片隅の焜炉で火を焙して、お椀の汁を適度に温め、すぐ箸が執れるよう膳を並べて帰って行く。

「不味いものを食うくらいならいっそ、くたばった方がいい」

これは、美味のないとき、膳の上の食品を罵倒する敬蔵の云い草だが、ひょっとすると、それが辛辣な事実で父娘の身の上の現実ともなりかねない今日この頃では、敬蔵もうっかり自分の言葉癖は出しにくかった。父娘は夜な夜な「最後の晩餐」という敬虔な気持で言葉少なに美味に向った。

いったいが言葉少なの父娘だった。わけて感情を口に出すのを敬蔵は絶対に避けた。そういうことは嫌味として旧東京の老人はついにそれに対する素直な表現欲を失っていた。感情の表現にはむしろ反語か、遠廻しの象徴の言葉を使った。