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こすいとかれら

湖水と彼等

豊島 与志雄

「新思潮」1914(大正3)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,351 字 · 25 页

青空文庫

突然何か大きいものがぶつかったような気がした。

「神様が見ていられます!」となかばは自分に云ってみた。

「神なんかどうでもいい。」と云って青年は堅く唇を結んだ。

彼女は彼が息を殺しているのを見た。眼を一つ処にじっと定めているのを。その頬にたまらないような淋しい陰影があった。

「何かお気に障ったことを申したのでしょうか?」と彼女はそっと問うた。

「いいえ、」と彼が答えた。「どうか悪くおとりになりませんように。何でもないんですから。」

「それならいいのですけれど……。」

沈黙が続いた。青年は何かに思い耽っているように身動きもしなかった。それを見ると、彼女の心に深い処から謎のような不安が上って来た。でふと立ち上って、火鉢の火を何気なく囲炉裡の中に移した。

「寒い日ですことね。」

青年はホッと溜息をついた。

「私もう帰りましょう。」と彼は云った。「どうか悪くお思いなさらないように。」

まだ細い雨が降り続いていた。薄すらとした靄が午後の明るみに包まれて、その間を小さい雨脚が銀色に縫っている。大きく宿屋のしるしの入った傘をさして行く青年の後姿を、彼女は憫然として見送った。