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こはんていじけん
湖畔亭事件
江戸川 乱歩
「サンデー毎日」大阪毎日新聞社、1926(大正15)年1月3日~5月2日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,335 字 · 137 页
人気稼業ですからね。そうでもないことが、世間の噂になったりしますと、商売に触りますからね」
デブデブ太った湖畔亭の主人は、そこへ入るなり、囁き声でいいました。そして、血痕を見ると、
「ナアニ、これは何かの汁をこぼしたのですよ。人殺しなんて、そんな馬鹿な、第一叫び声を聞いたものもなければ、内のお客様に見えなくなった人もありませんからね」
彼は強いて打消す様にいいながら、しかし、内心では十分おじけづいているらしく、
「けさ、ここを掃除したのは誰だ」
と女中の方を振かえって聞きただすのでした。
「三造さんでございます」
「じゃ、三造をここへ呼んでおいで、静にするんだよ」
三造というのは、そこの風呂焚きをしている男でした。女中に伴われて来た様子を見ますと、日頃お人好しの、少々抜けているという噂の彼は、まるで彼自身が人殺しの犯人ででもある様に、青くなって、おずおずしているのです。
「お前は、これを気がつかなかったのか」
主人は怒鳴る様にいいました。
「ヘエ、一向に」
「掃除はお前がしたんだろう」
「ヘエ」
「じゃ、気がつかぬはずはないじゃないか。きっとなんだろう。ここにあった敷物をのけて見なかったのだろう。