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こはんていじけん

湖畔亭事件

江戸川 乱歩

「サンデー毎日」大阪毎日新聞社、1926(大正15)年1月3日~5月2日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,335 字 · 137 页

青空文庫

二十四

それから、帰りには、あたしと同じ車に乗っていたのですから、疑う所はありませんわ」

私が〆治から聞き得た所は、大体以上に尽きております。かくして、私は又もや、一人の疑わしき人物を発見したのです。松村という男は〆治の証言によれば、宴会の間に一度も座をはずさなかったというのですが、酒に乱れた大一座で、彼女とても多分酔っていたのでしょうから、〆治の言葉はそのまま信用していいかどうか、疑い出せば際限がないのです。

食事を済して、〆治を帰してしまうと、私は荒されたちゃぶ台を前に、ボンヤリと坐っていました。脳裏には、トランクの男を初めとして、河野に追われた影の男、湖畔亭の主人、今聞いた松村青年、はてはあの河野の姿までが、走馬燈の様に浮かんでは消えるのです。それらの人には、無論これという証拠がある訳ではないのですが、それぞれ何となく疑わしく、妙に不気味に感じられるのでありました。

二十四

さて、その夜のことでした。一時出入を禁じられていた問題の浴場は、客商売にさわるからという湖畔亭の主人の歎願が容れられて、丁度その日から湯が立つことになったのですが、〆治を帰してから、しばらく物思いに耽っていた私は、もう九時頃でもあったでしょうか、久しぶりでその浴場へ入って見る気になりました。