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こはん

湖畔

久生 十蘭

「文藝」1937(昭和12)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,180 字 · 47 页

青空文庫

「なにしろ、水に漬っておりましたことで、大分と御相好が変っておりまするが、然し、なんと申しましても、これは御内室の御遺骸であるべきはずなので御座いまして、間も無く、検視官も来臨いたしますが、その前になにか特徴を御発見下さいまして、閣下の御認案を頂きたいので」

すると高木は、叱責するような口調で、

「なにを下らん、認める認めンもないじゃないか。奥様の御遺骸でなくて、一体誰の死体だと言うんだ」

と蒼くなって捲したてた。

俺は高木を怒鳴りつけてやろうと思ったが、怒鳴るべき言葉が見当らない。どこの乞食の果てか知れぬ、こんな見苦しい死骸を背負いこむ位いなら、いっそ事実を公表したほうが優しなので、茶番じみた愁傷を尻眼にかけ、

「オイ、俺は陶を殺しはせぬヨ。陶は三島の尼寺にいるンだ」

と言って退けたら、さぞ清々するだろうと考えていた。

なるほど、それは痛快であろうも、それを言って退けると、生優しいことではすまなくなる。不実の申述をして裁判を進行結審せしめた廉で、違警罪に問われて監獄に繋がれねばならない。これこそは法に於ける嗤うべき遺漏の一つだが、殺したと虚偽の申述して無罪になった俺が、殺さぬと真実の申述をすれば、かえって有罪になるのだ。