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こはん
湖畔
久生 十蘭
「文藝」1937(昭和12)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,180 字 · 47 页
「貴君を殺して妾も死ぬつもりで来たンですから、もう名聞なんかどうだっていいんです。ねえ、どうか一緒に死んで頂戴」
と言いつつ、帯の間から鞘のまま短刀を抜きだして見せた。
世に能弁利口、人に取入ることの巧妙な者があって、それが千万言を費そうとも、陶の一言ほどには俺の心霊を振蘯させ得なかッたろう。俺は真実陶に愛されていたことを、この時率然とコンプレヘンドした。俺の筆をもってしては、この時の感情は描出すことが出来ぬ。仮りにバイロン、ギョエテの如き名筆を持っておったとしても、同様に不可能だッたろうと思われる。
俺は嬉しさのあまり泣いていた。陶がハンカチで度々俺の涙を拭ってくれていたようだッた。俺は子供が大切な玩具でも握っているように、無闇に力を入れて陶を抱き締めながら、
「よく戻って来ておくれだッた。俺は貴様に逢いたくて、今もそこで泣いていたンだぞ」
と埓もなくおなじことを繰返していたそうだ。陶が笑いながら今でもその真似をして見せる。
二人は縺れ合うようにして林の奥の小屋に行き、そこで交媾した。立木を柱に取って板屋根を差掛けた掘ッ立小屋で、入口が土間になり、四、五畳の古畳を敷いたところに居炉裏が切ってある。